MASA細胞

代謝から生まれた記事

専門性

私たちは

生きていく為に

専門性を身につける

(詰まりは

収入を得る為)


専門性とは

より高度化し

先鋭化する事である


よって

社会一般とは隔絶し

難解な事象を

処理する事である


しかし

本当にそうなのか


我々は

このハエ1匹

0から創出不可能な事を

思い出そう


専門性を得る事は

現実味を失う事では無い


むしろ

現実に寄り添い

混沌を整理して

記述する事である


つまり

プロフェッショナルとは

混沌の使者である

解釈モデル4

シリーズ解釈モデル

第4回は『操作性』


黄色い

イカつい

百獣の王

に対して

ライオンと名付けました


次に餌食になる

犠牲者を増やさぬ様に


言葉は

概念を想起させるための

ベクターです

(概念を操作するための

よく用いる方法の1つ)


サッカーのルールを覚えるのは

休み時間に友達と遊ぶ為のだし


文字を覚えるのは

あらゆる媒体から

概念を抽出する為です


思考の操作性

統合、分配、組織化


たとえば

その人が着ている服から

概念を読み取る事が

解釈であり

アイテムを選択し

思考を表出させる事が

自己理解であります


解釈モデル3

シリーズ解釈モデル

第3回は『定義』です


定義には

①思考の前衛化

②集合の形成

という機能があります


①思考の前衛化とは

物事に名前を付け(宣言)

取り扱い可能にする(操作)

事です


私達は

澱んだ気候に

曇りと名付け

水晶体の濁りに

白内障と命名する事で

取り扱い可能性

操作可能性を

見出すのです


物事は名称を規定し

名称は物事を想起させます


②集合の形成とは

共通概念の事象を

集団化、組織化する事です


①で命名され

思考化された

個別事象は

概念を抽出させる事で

それとそれ以外という

2つの事象の概念が

生まれます


こうしてマスが誕生し

組織が形成されていきます


この様に

定義は

思考の操作性を高め

ハンドリングを可能にし

より高度に組織化された

有機的な思想を

構築していく為の

一歩なのです


歴史

我々は自由を切望する

解き放たれた

明るい光の差す

未来を志向して


例えば

父と母が出会わなければ

私はいなかったし

あのタイミングで

受精していなければ

こうして

悲しむ事もなかった


我々は

個人で生きていると思っている

歴史を作り出すんだと切望している


期待する何か

操作可能な何か

歴史とはそんな

何かだろうか


いや

歴史とは

学校の必修科目でもなければ

遠い過去の絵空事でもない

教科書の中の文字でもないし

世界の共通言語でもない


それは

私がここにいる理由

我々が絶対的な遅れの中に

存在しているという事実




解釈モデル2

シリーズ解釈モデル


第2回は『比較』です


比較は

相応の対象を

2つ以上想起し

概念を評価することです


大切な事は

想起する時に

大方無意識に

共通の尺度(パラメータ)を

敷いているという事です


男と女を論じる時

人は仕事や母性や繊細さを

無意識に想定し


朝型と夜型を論じる時

人は効率や生産性を

無意識に並べています


つまり

対象物を

比較項目、既存尺度で

型に押し込み

理解しようとする

良く使用される

パッケージです


一見良くないかと勘違いしますが

大変素晴らしい方法で

非常に理解し易い方法です

(何故なら既知の尺度を持って

対象を把握しに行くから)


この手技の

腕の見せ所は

項目(尺度)の選定と

項目の評価(パラメータ表示)

にあります


A君とB君どっちと

付き合うかで

身長、仕事、趣味、、、

如何でどう評価するか

そこに

その人の個性(センス)が

現れると思います


パラメータの選定

評価方法の選定

これらに

一工夫してみては

如何でしょうか

解釈モデル1

シリーズ解釈モデル


第1回は『変数』です


我々を取り巻く環境や

我々自身を

説明可能にするもの

それが変数です


変数を連続的に変化させ

2次元平面に視覚化したものが

関数であります


変数を修飾するのは

係数と呼ばれ

出力を決定する

重要な因子です


我々は説明変数を

探し続けています


あらゆる分野

あらゆる業界で

日夜行われており

かなりの時間と労力を

投入していると言えるでしょう


変数と出力の関係は

典型的かつ

想起が容易な

モデルとして

比例と反比例があります


未知の事象に対し

我々が始めに

実装するのは

このパターンが多いでしょう

(祈る程に、想いは届く

じっくり煮込む程、味が染み込む

幸せな程に、その事に気付かない

、、、)


この日常レベルで

思考可能な

パターンを

我々は語り続け


希望的観測のもと

半径1キロ以内を照らし


専門性にその期待を裏切られては

快感(若しくは不快感)を得ているのです

偶然性

f:id:masasaibou:20170621010455j:plain我々の歴史は

偶然性を弾圧してきた歴史

と言っても過言ではない


古来、我が国では

八百万神として

実装されてきた

偶然性であったが


現在では

理論的根拠や確実性が

台頭している


市場では

確定的な未来に

投資が過熱し


科学では

限りなく再現性を

追求する


電車のダイアグラムは

1秒単位で動き


11時以降は

夜勤帯で

給料が1.25倍になる


いつから

我々は

プログラムの一部に

なってしまったのか


いつから

話せば何でも

かると思うように

なってしまったのだろうか


四色問題

全て検証する形で

証明した時

人はそれを

数学とは認めなかった


このままいくと

医療費で医療制度が

破綻すると知ってもなお

人はそれを

未来の宿題にした


しかし

プログラムは

新たな道へと

舵を切り出した


自ら

学習を始めたのだ


何万通りもの

道筋から

最適な方法を

探り始めた


迷路の中の

マウスのように


絶大な神秘を秘めた

細胞や有機体のように


まさしく

プログラムは

偶然性と手を取りあい

第三の道

切り開き出したのだ


プログラムが棋士

負かした時

人は驚愕した


プログラムが画像診断で

病気を言い当てた時

人は絶句した


私は

この革命が

即ち

偶然性の復権であると

高らかに宣言したい

顕微鏡

f:id:masasaibou:20170620235334j:plain分かったら同じでなんですけど

出来たら一緒なんですけど


ものの見方には順序があります

(効率が良いというレベルで)


組織を見る時の鉄則は

低倍率→高倍率


いきなり高倍率の

議論をしても

問題点の全貌が見えません


悪性腫瘍の切除で大切なのは

マージンです

(悪性腫瘍の全切除は

正常部からなる

数センチのマージンで

担保されています)


議論も同じで

全体像を把握しないと

細部やマージンは見えて来ません


その次に

議論の詳細の

倍率を上げて行くのです

(ex.細胞の核異形を見る)


そしてもう1つ


高倍率は

視野範囲の総光量が

減ってしまうのです


まず

最大光量の下で

全体を把握する事が

細部を照らすコツです


ミッキー

f:id:masasaibou:20170619233504j:plainアイドルの結婚宣言があり

賛否両論になっています


私が注目した批判の中に

A:「ミッキーは決してアタマを外さない」

と言うものがありました


成る程と思いました


アイドルはアイドルであるべき

との意見と解釈しています


しかし少し違和感を覚えた為

私なりの見解を加えたいと思います


この主張では

アイドルとミッキーが

言い換えられています(同値変形)


条件式には

必要条件と

十分条件があります


この両者を満たしてのみ

言い換え可能(必要十分つまり同値)なのです


B:「アイドル=ミッキー」


この事例では

①ミッキーならばアイドル

②アイドルならばミッキー

の両者が真の場合のみ

Bは成立します


①は真ですが

②は偽であり

Bは偽となります


しかし実際Aに納得した自分がいて

賞賛している人々がいました


本当にBは真となり得ないのか


1つだけ方法があります


それは条件を絞る場合です


例えば

「x=2」=「x^2=4」は偽(反例:x=−2)ですが

x>0の条件があれば真となります


では

Bの条件とは何か

Bを納得し論理展開してしまう

我々の理論的背景に

潜んでいる共通認識とは一体何か


それは

アイドルが

ミッキーのように

再現性があり

商品化され

パッケージとして

概念化されているという事


つまり

人を超えた

欠陥の無い

シンボル(商品)という事


人々の間で

アイドルのルールが

規定され

体系化され

コンセンサスを得た為

Aの論理が支持されたと考えます


この事例で賛否両論なのは

この問題点が

アイドルの定義そのものに

ダイレクトに寄与する可能性を

内包しているからだと

思います


いま一度

共通認識の確認を

求められている問題と見て

非常に関心を持ちました